ビミョーな萌え

 といっても夏服の女子高生の透けるブラの紐とかについて語るわけじゃなくて(笑)。
 もう時代遅れの感がある「ビミョー」って言葉ですが、タイムリーな時期に書けなかったけど今書きたくなったので書いてみたり。
 最近の日本人(若者に限らず)は言葉による表現能力の低下が著しいということの例証によく使われるのがこの「ビミョー」とか「ウザイ」で(笑)。ではなんで表現方法として「ビミョー」は劣っているのか?? それは『これは間違いなくビミョーだ』というものがこの世に存在しないからであるわけで(笑)。
 犬がいたらそれは「犬」、ネコがいたらそれは「ネコ」と呼ぶように、言語はその対象物をそう呼ぶべきもっとも適切な呼び名で呼ぶルールになっている。しかし物事を形容する場合など、それを表現するのに使う言葉が決まっていない場合がある。たとえば絶世の美人のことをどう表現するか? 春の夜明けの様子は? そのために近似値的な言葉を捜す努力を人はしてきたわけで。そうして「立てば芍薬、座れば牡丹」とか「春はあけぼの」とか、長年をかけて批評され続けた末に認められた表現が生き残ってきた。
 そこでこの「ビミョー」。とりあえず具体的に説明できないけどよくない、とかいうニュアンスをすべてひとくくりに片付けてしまえる超便利語。ブ男の顔も流行遅れの服も武蔵の判定勝ちも、すべて「ビミョー」。別に間違っちゃいないが頭の働きが弱ってる人なのかな?と思われても仕方ない(笑)。
 昨今話題の「萌え」もそう。←笑うところ
 「萌え」の場合、「ビミョー」と違って一家言をもつ真面目にアツく語るヲタもまだ現存するので「ビミョー」よりはビミョーではない、いやちがったつかみ所のない言葉ではないように見える。
 だが「萌え」の場合、それぞれの定義がバラバラだ。「エロが入った時点で『萌え』ではない」とか「巨乳は萌えではない」とか論ずるヲタがいる一方、18禁画像や巨乳に萌えを感じるヲタはいるし、無視できない規模の共通認識であったりもする。
 かと思えば「ツンデレは萌え」だとか「メイドさん萌え〜」とか「眼鏡っ娘(ry」とか、とりあえずキーアイテムを装備させたり「べっ、べつにあんたのためにやつてるんじゃないからねっ(ry」とかテンプレを踏襲しさえすれば勝手に「萌え」てくれたりと、複雑なコマンドを入力せずとも□ボタンのみで必殺技を炸裂させられるヌルい格ゲーみたいにお手軽に利用できる感性であったりもする。
 もっとも、「萌え」産業という言葉が成立するように「萌え」はメディアに与えられた感性であり愛好家たちが育ててきたわけではないので、「これが『萌え』だ」と言われればヲタは飛びつく以外選択肢が無いというのも当たり前なのかもしれない。メディアがデブをプッシュすればヲタはデブ専になるし、熟女を推せば熟女好きになるだろう(この点、「ブスの瞳に恋してる」が放送されても大衆はブス専にならなかったではないかという反論も成り立つが、三次元のリアルなブスと違って二次元キャラなら「かわいいブス」という矛盾した存在を作り出すことも容易であることもありハードルが遥かに低い。)。

 結局、現代の商業社会を視野に入れた場合、創作者が取り組む課題は、幾多の言葉の中から「春はあけぼの」という言葉を掘り出すような努力ではなく、テンプレを盛り込んだりそれが流行であると大衆に錯覚させたりする宣伝なのだと思うと、なんか創作者ってむなしいなぁと思ったりするわけです。

 まぁ私自身、PCの処理がフリーズしたり戦国無双2で複数の武将に胴上げされて降ろしてもらえなかったりすると「ウッゼェなあぁぁ〜(怒)」とか口走る頭の弱い表現者であったりするわけですがね(笑)。